これ以上あなたと一秒も生きていたくない。

辛い、辛い、耐えたくない。早く楽になりたい。そうはなれない。

もう一度あなたと死にたい。あの日交わした秘密の逢瀬の通りに、潔くあなたの胸で死にたい。

あなたのものではない瞬間が堪えられない。ひとつの生き物でありたくない。

たとえばあなたの手足をなくしてしまって、かわいい歯を全部抜いてしまって、その耳を鉛で塞いでしまって、綺麗なお顔にめちゃくちゃな傷跡をつけてしまえたら……。わからなくなってきたわ、そんな話がしたいんじゃないの。私、体のどこにもおかしなところもない、小さく、今日まで甘やかされてきたきむすめだけれど、あなたが一言私に「死のう」と言ってくれさえすれば、この贅沢な身体を投げ捨ててあなたと共に死ぬつもりなの。お金と労力のかかった芸術品だとしても、そこにある心がこんなんでは、まるでダメ。私みたいなダメな子は、あなたみたいなダメなひとと一緒に死ぬほかないの。

それでも……それでもね……今までのあなたに女の影があったように、私にも別のひとの手垢がびっしり残っているのよ。あなたのことが誰よりも愛しくても、それはまるで自分でそうだと番付たみたいに、まるで作り物なんじゃないかって信じられないときがあるの。あなたは私の青春における通過点でしかないのかしらって、不思議なくらい、私、ひとを愛するのにとことん向いてないのよ。

いつも頭の中を、あなたや、あなたでない人が走り回っているようで、本当はずっとずっと眠っていたい。それ以外のことをまともに考えていられないんだもの。あなたが好きなの、本当よ。それでもどこかで、こんなものは全部嘘なんじゃないの、って厭な気持ちがふつふつと煮えてくるのが分かる。だから、それが嘘か本当か分かる前に、あなたと一緒にもう一度死にたい。ひとりの「私」でいると、あなたのこと純粋に愛していられない気がして恐ろしい。頭が痛くて、目の前がくらくらっとして、変な汗が全身を伝っていくの。 おなかをつう、と落ちていく汗が、ああ、やってられない、こんなこと。いつも他人のためばかり考えて生きていて、私自身の唯一、何の過ちもない願いよ。私が私から他人を限界まで削って、自分自身すら削ぎ落とした時に、初めてあなたへの愛が真の姿を現わすのかしら。

あなたのことも、私のことも、私にはちっともわからない。馬鹿の一つ覚えみたいに「あのひとと死のう」と腹の底が渦巻いて、あなたと顔を合わせ、あ、なんて間抜けな声が漏れた時には「このひとと死ななければならない」と思っている。この美しい、かわいい人のために、気を失うほどの頭痛や暗い気持ちに襲われて、もう生きてはいけないと悲鳴をあげるのだから、あのひとも私と一緒に死にたいのだから、私達は一緒に死んだほうがいい。その方がきっと世の中のためにもなる。私はこのひとのためなら命を惜しまないけれど、あのひとがずっとそうとは限らない。私も歳をとり、ぶくぶくと肥え脂めいていけば、きっと今の正気でない恋を笑うのだろう。だから、何もかもが笑い話になる前に、あなたも私も若く美しいままに、死のう。才能あふれる獣のまま、なにものにも奪われないまま、私はあなたが求めるまま、どこにでもいってあげる。もっといいお嫁さんや旦那さんが見つかって、心が別人になってしまう前に、信じるとか疑うなんてことはどうでもいい、ただ一緒になりましょう。私たちの愛は時限式だから、地の果てまで、この世の終わりまで、地獄の底まで逃げ延びて。ずっとずっと。

お互いが最愛の人でなくても、最善の人でさえあれば、うまくやっていける。今はそういうよのなかだから、そうなれる。永遠なんてどこにもなくて、私にはあなたの胸の中しかない。私には無限がある。あなたの愛を止めておける、最後の無限の手段を持っている。きっと私はそのために、ここまで、大事に大事に育てられたのだと思う。しあわせにと甘やかされ、誰に穢されることもなく、その最後はあっけなく、あなたの手で摘み取られて、終わり。泣いているあなたを慰めて、終わり。あなたに悪いこと、お酒も味も煙草の味も博打の味も教わって、どれもあなたを介して、あなたの私になって終わり。最後は心中ごっこなんて教わって、終わる。私みたいな年端もいかない女の子をたぶらかして、一緒に死のうなんて、どうしようもない人だから。私が一緒に死んで差し上げなくてはならない。

ずっと正気で、死に物狂いに想っているの。おかしくなんてなっていないの。私は本当にずっとまとも。私をおかしくしたのは、私を殺したひとたちなのだから。私はなんにも悪くなかった。だから、死に際くらいは自由に、私に戻ってあなたとありたい。私が、この名前の人間が死んだ時、その殺人にはちっとも愛なんてなくて、私は今まで教育されてきた愛情に心底がっかりした。だからあなたと共に、燃えるように、ああ、私は死ぬのだと思った時に、これが本当の愛情だと思って……。寂しいひとだから、私はこの人といっしょがいい。私もさみしいから、さみしい、共に死にたい。どこでもいい、なんでもいい、あなたが思うままに、私をめちゃくちゃに殺してほしい。今度こそ息絶えたい。息をしたまま死にたくない。あなたの手で留めをさして、こんな思いごと終わらせてほしい。かき消してほしい。脳が痛くて、おかしくなりそうで、今度こそ私は私でなくなってしまうから、私が言葉をなくす前に、愛するあなたと一緒に死にたい。

 

愛の優劣

生きてるのめっちゃキツない?

 

シブヤディビジョン負けた

俺は仕事中にめちゃめちゃ聞いているので、スマホで曲を買った。スマホで曲を買うと投票権がない。投票権がなかったということは、今回の勝ち負け、俺は全く無関係で、俺はただコンテンツを摂取していただけなので、負けちゃった、としか言えない。

めんどくさいオタクだから。

俺はずっと水着BBちゃんのガチャを回していた。

 

ギャンブル依存症…前回安室透で治ったはずの病だ。

前回の記事見返してない。恋の力が凄いからだ。

治った。ただ、安室透の高いグッズを買って、その支払いが終わってしまったので、その隙をぬって課金していたのが全額打ち込むようになっただけだ。

再発はしてない。俺は引けているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年、年明けとともに本厄を抜けギルガメッシュを引いてから俺の人生はすこぶる幸運に満ちている。

なんとかなる、なんとかしてくれるという精神と生きている。

 

ただ人間として、めんどくさいオタクとして生きていく上で、幸運では避けられない茨の選択がある。

愛の取捨選択、自分の熱意に対する優劣。

 

 

俺の住処、本ジャンル、在沼は刀剣乱舞だ。本丸は俺の家である。

ここでの暮らしは概ねハッピーである。

高校2年の秋、冬ごろ?俺は人理継続保証機関フィニス・カルデアに到着した。

ここでの暮らしも概ねハッピーである。

他にもたくさんの住処と、たくさんの人生がある。

たくさんの自分がいて、たくさんの気持ちがある。たくさんたくさん愛している。

 

金がない。

話はそれで終わりだ。

 

忘れてはならないのは、

そこにいくら私たちの人生があろうとも、私たちの愛する者の人生に、私たちの影響なんて1mmもないのである。

そこを履き違えためんどくさいオタクは醜い。

 

私は残念な人間なので、好きなものの世界のように自分がちゃんと「公式」で存在する現実に、推しもいなければ推しにしてくれる人もいないのだ。というか、そんな不気味な存在はいらないのだ。

ここは誰かが頭を悩ませ、心を削って、骨の髄まで消耗して作ったフィクションではないので、登場人物の心は移ろい、思慮も考察も物足りない。制作側の取材や時代考証もめちゃめちゃで、もはや増えすぎた登場人物の辻褄を、完璧に合わせることはできない。

その中で磨耗しすり潰される誰かがいる。だからもういらない。それだけだ。

 

そして好きな世界でも、上記の通り「そう」であるので、私たちが愛(のようななにか)を貪って生きていくには、愛する者とせめて目が合っているような、そんなふわふわした幻覚にすがっていく必要がある。

そのためにはお金がいる。お金を払う。側にいる。お金を払う。一緒に笑う夢を見る。お金を払う。あなたと手をつなぐ。お金を払っている間、私は私が得られなかった家族を得る。お金で得られる未来は、失われることのない、私の失われた未来を慰めてくれる。

私にとって推しは恋愛対象ではなく家族だ。一緒にご飯を食べて、遊んで、傷つく言葉や相手の人生の支配といったものとは無縁の…無償の愛と生きているのだ。

その無償の愛というのは、たとえば月々のお給料から家に渡す10万円を差し引いて、残ったお小遣いのうち2万円で得られた無償の愛であったり、ログインボーナスの呼符で得られた無償の愛だったりする。

 

現実ならば、愛の形はお金だけでは済まないのだが、ところがどっこいここは二次元サブカルチャーの世界なので、愛の未来は金である。

金の湧かない泉は捨てられるのだ。私たちの愛はよい金づるだと知ってもらえば、私たちの夢はまだ覚めない。まだ私は家族とともにご飯を食べれるのである。

 

だからオタクの愛には…ここでおかしな現象が起こる。

私たちは推しからもたらされる暴力的な愛の贈与と金の剥奪の元で、承認欲求の奴隷であるのだが、同時にその命綱を握っている。

金は無限じゃない。だから私たちは愛の選別をする。

愛の選別、すなわち私たちの依存症には優劣がつけられる。たったその程度のもののためにこんなにも心が辛い。心が辛いのは嘘っぱちだ、悲しい悲しい、つらいつらいと自分の愛に優劣をつけるのはまごうことなき自分の心、私たちの人生は「推しに1mmも関係がない」。

 

いやそうでしょ。

 

時間をかけ、育成する、ゲームをプレイする愛は目には見えない、記録に残っても残高に残らない愛なのだ。可視化され、運営の指針となる愛でないと、私たちの愛する者は死にます。だからお金を払いますが、そこに影響するのは金額であって、私たちの気持ちや愛、すなわち人生はお金を通して伝わるので、結局この紙切れが届きさえすれば「私個人」はいらないのです。

推しの人生に私たちは関係ありません。私たちの人生の最後に結局誰も関係なんてなかったように、推しの毎日に私たちの毎日は何の意味もないです。

 

俺は水着BBちゃんに金を出して、TLにいるすごいシブヤの女たちはCDをバリバリ買っていた。

そこには愛の優劣がある。間違いなくある。

俺の中にも、水着BBちゃんとぽっせのCD、間違いなく愛の選別が残したものがある。

水着BBちゃんは引いた。ぽっせは負けてしまった。

水着BBちゃんは呼符で来た。たかだか一人が何枚かCDを買っていればぽっせは負けなかったなんてことはない。

何の関係もない。私たちの愛の苦しみは、全部私たちがめんどくさいオタクだからだ。

 

 

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そんなこと書きながら江戸城を周回していたら来た。

趣がある。これ友達同士のLINEならエモいね…って言ってる。

 

現実の対人関係で広がる愛情なら、時間や労力をかけた「感情的な愛」にも意味はあろう。でも、ここはビジネスの上に築かれた金の山、札束の中で幻を抱きしめるような恋だ。そこにはさみしさとか、執着とか、もう二度と手に入らないものとか、「こんなはずじゃなかった」という目を背けるしかない執着などしかなくて、本当はこんなもの愛でも何でもない。ここには系統分析と売り上げだけあればいい、「計算上の愛」でしか推し量れないものがある。

 

感情的にどれだけ私がぽっせが好きと言おうと、私は票を買ってない。

だからこの話はここで終わりだ。目には見えないダメな愛が死んでいる。

優劣の底に死んだままで、私はただ結果を見て「ぽっせ負けた」というしかできない。そこに感情を持ち込んでいいのはお金を払った人だけだと思った。ここでは「計算上の愛」という最低限の義務を果たした人間にだけ許される「感情的な愛」という娯楽がある。

 

愛に優劣がつけられる時点でそもそも愛じゃないのだ。

俺は生まれてからずっとダンブルドア先生に「愛じゃよ」と教えられて歩いてきた道があったけど、その道がある日突然なくなって、ただ与えられた指針のままに、大事なものだけ大事にしてきた。

大事にするものを選ぶ必要があるなら、選べなかったものは大事にしちゃいけないし、口先だけの大切は大切じゃない。

そして優劣の消えた愛は全部愛じゃない。

 

コミカライズ嬉しい。買います。ネロ祭ボックス前回よりさらに開けられるように頑張ろう。またぽっせの曲聞いて仕事しよう。そして愛の優劣をつける。

 

愛に優劣をつけられる時点でそれは愛じゃない。

優劣の消えた愛はただの平等だから愛じゃない。

 

めんどくさいオタクは病気だから一生幸せにはなれない。

 

ハッピーになりて〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

こんなはずじゃなかったって思うけど人類すんのめっちゃ楽しくて困るな

 

 

 

安室透は医療


ゼロの執行人はまだ4回しか見ていないけど、安室透によって人生が変わりつつある。

私はこの春に高校を卒業して就職した。この前初めてお給料をもらって、私は「その日」まで、これで200連もできるんだと笑っていた。
全てFGOに突っ込む気でいた。



先に軽く触れておくと、私は中学生の頃に初めてグラブルで有償10連ガチャに手を染めてから、ガチャを回すことが人生を大きく占める楽しみだった。

ガチャは楽しい。顔のいい男と性格のいい女がたくさん手に入る。その後ちゃんと育てられるかとかではなくて、好きな顔が「自分のものになる」ことが嬉しかった。私は運が悪いことにガチャで大きく爆死した覚えがない。
それでまた、ガチャの気持ちよさだけ覚えている子供は課金を続ける。


なけなしのお小遣いの中から課金し続けて、お年玉をどうにかガチャに使いたくて、1万近く突っ込んでLEカードをゲットしたアイチュウを「音ゲーが好きくない」という理由で次の日に辞めた。
その年のお年玉は2万なので、半分をデータの海に捨てて、でもガチャを回した気持ちよさが残ったので全然後悔がなかった。


他にもデータ引き継ぎのないねこあつめに8000円課金した話とか色々あるけど、それは全部置いておいて、安室透と医療の話をする。



もう散々話題になっているので、安室透の説明は要らないと思う。必要な人は1800円かカードを握って劇場に行けばただで「劇場版名探偵コナン ゼロの執行人」を見ることが出来るので、とりあえず2回くらい見たら良くわかる。

2回というのは興行収入のあれこれとか安室透の女には色々あるけど、普通に公安警察とか公安検察とか、事前情報がないと難しい部分もあるので、1回で頑張って理解しようとするよりも2度見た方が得策だ。


私はコンビニで3000円のGoogleプレイカードを、生まれて初めて棚に戻した。



そも、事の発端はまず叔母と見に行った最初の執行に遡る。4月の末だったと思う。脳みそがジャンプしていた。
そこから先週の木曜日までまるまる記憶が飛んでいて、正気じゃなかった。恋に落ちた。手に入るSSRや金枠なら誰でもいいとかではなかった。安室透が良かった。


その後初任給を貰ったその日の仕事帰りに友達と2度目の執行に行った。自分の稼いだお金で安室透に会いに行った。帰りにパンフレットを買った。自分の働いた時間や頑張りが安室透になって帰ってきた。正真正銘、私の安室透だった。
劇場でソフトクリームを買って食べた。遅くに帰った。全てが安室透のためで、安室透のおかげで、私の自由の象徴は安室透だった。


今まで本かガチャにしかお金を使っていなかった私の金銭感覚と暮らしは劇的に変わった。


服に気を使うようになった。「安室透の女」という集団に身を置く以上、人並みに綺麗でいたかった。久しぶりに化粧をした。お金を使ってガチャを回そうなんて考えが頭から綺麗に消えていた。
この国に未来はない、私たち若い世代は潰されるだけだ、さっさと出て行ってやるという気持ちが消えた。どんなに苦しく先の見えない暮らしでも、安室透の愛する国に住むためならなんとでもしてやると思った。


今までグッズを買うことは無かったのに、私は今、安室透のコラボバッグを買うために口座に入金してきた。そのとき、目の前にGoogleプレイカードがあった。


FGOではシャーロックホームズのピックアップ中だ。

ホームズは私が初めて宝具を重ねることが出来た☆5で、それをきっかけに原作を読み、運命のサーヴァント・ギルガメッシュと並んで、いつか別の聖杯戦争でもきっと召喚されてくれるであろう頼もしい相棒である(この辺の気が狂った話はまた後日書く)。
私はホームズの宝具をさらに重ねたかった。


Googleプレイカードを手に取る。会社の昼休みは、貰った単発石で既に金枠鯖を3人ほど引いていた。毎回引けている計算である。今引けば行けると思った。


そのとき、財布から抜けた1万円が頭をよぎった。今入金してきた額だ。
私は安室透の鞄で、休みの日服を買いに行くようになる。可愛くおしゃれして、誰もが「あの子は彼氏とデートに行くんだ」と思うような、素敵で、自由な「大人の女性」になっていく。


カードを棚に戻した。そこは会社に着いて朝一で走って先週のサンデーを買いに行ったコンビニだった。


私は少なくともあと1回、執行されに劇場に向かわなければならない。でもそろそろ一緒に執行されてくれる友達も減ってきた。
私はきっと、生まれて初めて1人で映画館に行く。